Kurozatou Staff Blog

黒砂糖の最新情報を発信します

Archive for 9月, 2011

アンデスの生活織物

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残暑から初秋へと変わった今日この頃…。  中南米貿易をしているT氏の所へ、荷物が届いたという知らせを受けて伺いました。  今回は、アンデスの標高3400メートルのクスコや標高4000メートルのチンチェーロ村のインディオ達の日常の織物等の民芸品がたくさん入っていました。   手織りの帯やボルサ(アンデスのショルダーバッグ)、ビーズベルトに敷物等があり、とっても色鮮やか!   それに上質アルパカ衣料を加え、『秋の楽しみ展』を11/4(金)~11(金)[6日(日)は休み]の期間で開きます!   どうぞ、アンデスの民の生活織物をお楽しみ下さい。

アンデス1 アンデス2

黒砂糖の看板

黒砂糖の看板のはなし

黒砂糖を始めてから今年で35年になります。はじめは天神3丁目にオープン、沖縄で陶芸をしていた妹の作品を展示・販売するのが目的でした。その時、ロゴを作ってくれたのが、K小父さん。父の中学時代の同期で、爾来半世紀あまり、父が亡くなるまで周囲がうらやむほど仲のよい友人関係が続きました。
ロゴは包装紙や名刺などに使いましたが、23年前に天神から当地へ店を移転するときに、K小父さんがお祝いにと少し手をくわえて現在の看板を作ってくれました。
ロゴは南の島からかぐわしい香りのする花をくわえた鳥がやってくる、そんなイメージの絵に私と妹の名前の頭文字RとKを組み合わせたものでしたが、看板にするとき、それに私の家族とK小父さんの家族全員の名前が入り、そのうえ“ラヴィアンローズ”(バラ色の人生)とまで書き込まれていました。
このK小父さん、若き日には日本画家を志し美術を学んでいたそうですが、途中いろいろな経緯があり、靴磨きから学校の教師まで様々な職業を転々としたと以前母に聞いた覚えがあります。私と妹が遊学中には東京に住んでいたK小父さんが親代わり、と言うよりは、年上の友人のような感覚で付き合ってくれました。
黒砂糖を始めた頃は、福岡のあるプロジェクトに関わっていたことで、夫妻で福岡に移り住んでいました。影絵を思わせるモダニズム感覚のロゴを、緑色のつるつるとしてセロファン紙を切り抜いて作ってくれたときのうれしさを今でも覚えています。
その後、プロジェクトが頓挫したため、K小父さん夫妻は東京にもどってしまいました。 つづく

こんにちは。ギャラリー担当の増田林太郎です。 9/8~9/12まで、東京の作家さん達に顔見せというか、下調べに行ってきました。 青梅にある星匠君の家に寝泊まりさせてもらいながら、アトリエを回っては、いそいそと名刺交換!
同世代の人達も多く、『何かできそうだな』という期待感は高まるばかり…。バッグの森田風子さんは、柔らかな人当たりながら芯のある印象で、「15点ほど出品します」と意気軒昂に話していたし、一方で星匠君などは、「スプーンを50点くらい持って行こうかな!」なんて、半分冗談のような発言をしていたり、面白い若者達が何か面白い事を企んでいそうな、そんなワクワク感はビシビシ感じました。滞在中、作家数人達と東日本大震災の被災地から発掘された持ち主不明の『写真』の洗浄のボランティアをやったり、最後の夜は星匠君のアトリエで皆で集まって唐揚げパーティーをしたり、実りある数日間を過ごしました。今は皆、出品物の準備で大いにスパートかけてくれていると思うので、こちらとしても受け入れ準備万端で本番に備えたいと思います。それでは『若き、ものづくり達展』をお楽しみに…。

黒砂糖ハガキ表 黒砂糖ハガキ裏